06.すれ違う「なぁ炎山」 「なんだ?出来ればあと少しまってくれないか。この書類で最後・・・」 で終わる。そう告げる前に、伊集院炎山の思考は停止することとなる。 「もし俺と会ってなかったら、って考えたこと、ある?」 いきなりのこのヒトコト。 あまりにも不意打ちがすぎるというモノだ。 『っ、炎山さまっ!!?』 らしくもない、ブルースのうわずった声がしたのは果たして気のせいだっただろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 真っ白になった画面は、今現在の自分の状態をそのまま映しているようだ、と。 キーボードに力無く落ちた両の手は、その下にデリートキーまで巻き込んでいたらしい。 机を挟んで向こうとこちら。静かに、紅茶とコーヒーがすすられている。 空気は沈黙。 カップとソーサーの触れあう音が、寒々しさをよけい強調するように感じるのは、 やはりいつものムードメーカーが黙り込んでいるからだろう。 うるさすぎるのも困りものだが、今この現状も違和感があって気持ち悪い。 「で?」 見事爆弾を命中させることに成功した張本人は、牛乳で渋みを消した砂糖4個入りの紅茶を両手で囲い、 一度に飲めるか確かめたりしている。 「何が」 「何がどんな理由でどんな経緯があって、あんな質問をしたんだお前は」 ――おかげで仕事に手がつけられなくなったじゃないか。 目で訴えてもどこ吹く風。 ――それはそれは、どういたしまして。 仕事につきっきりだったのを責めているのか、ニッコリ笑ってかえされた。 別に仕事をさぼりこんな状況になっているわけではない。 手がけていた書類は現在ブルースが可能な限りの修復を試みている最中である。 むろん手伝う気はあったのだが、文字列が絵柄としてしか認識出来なくなった時点でブルースに止められた。 まぁどうやら隣にロックマンもいたようで。 あの二人なら心配は無用としばし目の前の問題児に付き合う事が可能となったわけだ。 苦い、いれたてのコーヒーを少しずつ飲む。 前から小分けされた茶菓子に手がだされた。 気がつけば盛られていたそれの山は半分以下へと減っている。 穏和で優しい子供思いのある人の顔がよぎり、菓子で腹をふくらす気かと注意しようとした矢先、 「パラレルワールドって聞いたことある?」 何気なく呟かれた言葉は、今の室内でははっきりと聞き取れた。 返事をじっとこちらを窺いながら待つ熱斗。 ・・・・・・驚いた。 まさか熱斗からそんな横文字を聞くことになるとは。 「なぁ」 視線。 「なんか今、シツレイなこと思わなかった?」 ・・・・・・・・・なぜ分かった。 「・・・いや。それがどうしたんだ?」 素知らぬ顔で言えば、ならいいけど、なんて半分納得していないであろう様子ながらも引き下がってくれた。 手の中だった菓子は口へと運ばれ、さっさと消えた。 決定した。今日の熱斗はおかしすぎる。妙なところで鋭い。 別に、いつもが脳天気すぎるという訳では・・・・・・あるが、とにかく変なのだ。 少し注意がいるな、と考えながら、言われた言葉を思い出す。 ――パラレルワールド。多次元宇宙。 確か選ばなかった可能性が、別の世界として存在する。そんな意味だったはずだ。 「なんか考え出したら止まらなくてさ」 空になったカップを置き、完全にソファへ身体をあずける格好へなった熱斗。 やっと分かった不調の原因。 どこから吹き込まれたかは、何となく予想はつく。 そして、その悩みを笑い飛ばすことは出来なかった。 「もしも、俺たちが会わなかったら、か」 以前ならくだらないと言い捨てたであろうその仮定。会っても会わなくても大差ないと思っていた昔。 それが、当たり前の考え方だった。それをおかしいとは思わない。 だのにいま、揺れる黒い水面に映る表情は真剣そのもの。 いつからこうなったのか。仮定ですら、考えたくないと思っている自分。 「もしオレ等が会ってなかったら、名前も何も知らないままだったんだよな」 呟かれた言葉は寂しそうで。 何よりこちらへの影響が大きかった。 ナマエモ ナニモ シラナイ ママ ? 停止した脳内でそれだけがエコーする。 ネットヲ シラナイ ジブン ? 「それはない」 「は?」 よく考えもせず口にして、そのまま喋る。思ったままに。 「お前が傍にいない世界なんて、俺は許さない」 そんな空想などあり得ないのだ。 あったとしてもそんな世界など意味がない。 「自分が他の誰かを隣においていても、お前が俺以外を選んでいたとしても、そんな世界全部壊すさ」 あの時あの場所で出会わなかったら、この放したくないという気持ちを知らないままでいる。 そんな事、考えられない。 「・・・・・・お前はどうなんだ」 ゆっくり、付け足す。 過信しているのかもしれない。同じように思われているとは限らないのに。 けれど、どうしても聞きたくなって。 少し頬が赤くなっている熱斗を正面から見つめる。 「なんか、今の答え方、ずるくね?」 「それだけお前が必要なんだよ」 笑う。 熱斗がいるから笑える。 それが嫌だと拒む理由なんてない。 「〜〜〜、やっぱ炎山ずりぃ」 今度こそ真っ赤になってしまった顔を両腕で遮り、そのままずるすると下がっていく。 こんな一動作一動作が愛しくて仕方がないと言うのに。 立って傍により、邪魔なその腕を引き寄せる。 真上から見下ろして、真下から覗かれて。 「お前の答えをまだ聞いてない」 「俺?」 子犬のように目を丸くして、そうだな、なんて考えて。 何かを思いついたのかいつもの顔でにっ、と笑って。 「すれ違うだけでもさ、俺、炎山と会ったらきっとお前見つけてる」 「・・・・・・」 「だから、炎山は余計な心配しなくてヨシ!」 単純で、それでこそ難しいその答え。 全く。なんで、こんな、コイツは。 おかしなところで自身に満ちあふれて、出来やしないようなことでも可能にしようとするのか。 「落ち込んでたのは・・お前だろうが」 今度はこっちが赤くなる番だった。 「ん?そうだっけ?」 へへっと笑い、腕にじゃれついてきて、と思ったら引き寄せられて、隣に座らされて。 「やっぱ俺の隣はお前で、俺の隣はお前なんだよ」 どうやら問題児の悩みは、綺麗に解消されたようだった。ほのぼの目指してみたり。 出来ました?ほのぼの。 え? 炎山さんがヘタレ過ぎですか?そうですか。 ぶっちゃけ気にしちゃダメです!!(マテ) あぅぅ、副社長、難しいです。 愛だけはそれこそ詰め放題に参加するお母様方なみに詰めたのですが。 ってか恋愛音痴の人がこんなん書いてて良いんでしょうか(汗)