09.ないしょ話
                                        ――では、ここだけの秘密と言う事に  ライカは髪を揺らした風に誘われるように空を見上げた。  飛び込んでくる色は青。  寒さゆえに空気は澄み切り、極上の環境下で染め上げられた空間が、高く高く、突き抜けるように広がっていた。  とてもいい日だった。昨日まで吹雪で閉ざされていたとは思えない。  こんな日には家に籠もっていた人々が一斉に外に出て、雪かきをしたり市に食材を求めたりといつになく街は活気づく。  誰もが笑い、世間話に花咲かす主婦たちのやり取りやここぞとばかりに客を引き込もうとする店主の売り口上が響き渡る。  その傍らでは親の買い物に飽きた子供達がじゃれ合いながら走り回る。  どこまでも平和な日常。  けれども、今現在進行形で悪化し続ける胃痛のもとは、そんなのどかな雰囲気で誤魔化せるほど単純な代物ではなかった。  その中心にいるのは、あくまでもただ一人。 「王女・・・そろそろお戻りに」 「今はホイップ。それと敬語も禁止。さっき言ったでしょ?」 「しかし、」 「あ!ライカ、あれは何かしら」  これ以上の問答は無用とばかり、プライド王女・・・もといホイップは小物が並んでいる店へ駆けていってしまった。  止めようと伸ばした手はあまりの素早さに対応出来ず、情けなく宙を掻くばかり。  彼女は、腰まである金糸の髪を帽子に隠し、そこらの少年が着ているような薄茶のトレーナーと黒いズボンを穿いている。  ライカが見付けた時、信じられないことに彼女は共も連れずにフラフラと市場を彷徨い歩いていた。  「まさか」と「だがしかし・・・」を散々繰り返した挙げ句に声をかけた結果、現在に至る。  因みにライカ自身は久々の休日で必需品の買い足しに来ていたのが・・・・・・如何せん、この状況ではすでに諦めている。  キリ、と内蔵が微かな痛みをうったえる。  締めつけられるようなその感覚に眉をひそめ、ライカは今更ながら後悔していた。  なぜ見付けてしまったのだろう。なぜ声をかけてしまったのだろう、と。  無視出来るものならそうしたかった。  ありもしない選択肢なのだが、それでも思わずにはいられないのは悲しい人の性だろう。  楽しい、と全身でうったえる後ろ姿に小さな諦めのため息をつき、ライカは後を追った。  市の通りを右に行ったかと思えば反対へ行く人混みに流されていたりと。  ホイップの行動に振り回されて市場を大まかに回りきった頃には、店をたたみ始める光景がちらほらと見られた。  二人は活気から少し外れた道ばたのベンチに腰掛け、先ほど屋台で買ったお茶を飲んでいた。  ライカは居心地の悪そうに行き場のない視線を湯気に向けていた。  両手で持ったコップから伝わる熱が、冷えた指先をじんわりと暖めてくれる。  その一方、ホイップはといえば香りを楽しみつつハーブの混じったお茶に集中している。  普段馴染みのない匂いと味に興味津々と言ったところか。  ライカは視線だけ動かして彼女をのぞき見た。  熱いのか、中身に息を吹きかけ冷まそうとしている。  こうしていると隣に居るのが普通の少女に見えてくるから不思議だ。  自分は軍籍の人間で、彼女は隣国の王女だというのに。  ふ、と澄んだブルーの瞳が急にこちらに向けられた。視線が重なり微笑まれ、反射的に顔を逸らしてしまった。 「どうかしましたか?」  と。  本人からすれば至極まともな質問なのだが、それは盗み見していた故の後ろめたさと混乱を増長させるには十分だった。  なぜか火照る顔をどうにかなだめようと、今にも飛んでいってしまいそうな思考を無理矢理つなぎ止めて口を開いた。 「その・・・・・・ですね、一体何をしに来られ・・・来た?」 「ライカに会いに」 「・・・・・・・・・・・・は?」  トドメだった。  真っ白な頭は我ながら間抜けな声が出たものだとのんきに考えていた。  軍人たるもの、常に冷静でなくてはならないのに・・・・・・これでは訓練をやり直す必要があるな。  ・・・・・・・・・・・・。  いやいや、それより・・・・・・今、何を言われた? 「あ、の・・・」 「どうしたのです、ライカ」  小首を傾げ、おかしな事でもあったのかと訊いてくる。  反則だ。  こんな風に訊き返されては、混乱している自分の方がおかしいように錯覚してしまう。  するとなにか?  彼女がここにいるのは自分の所為で、振り回されたのは自業自得だと?  俺はこの市場に買い物に来てはいけなかったと?  休日返上して仕事をしてろと?  そんな馬鹿な。  可能性を出してはうち消す事を繰り返すうちに、何が何だか分からない思考回路に陥っていた。  今にも頭から煙を吹き出しそうなライカを止めたのは、押し殺された笑い声。 「そ、そんなに悩まなくても」  隣を見れば、ホイップがお腹を抱えて笑いをかみ殺している。  いや、すぐに堪えきれなくなって本格的に笑い出した。  これが意味するところは、つまり・・・。 「人で遊ばないでくれ」  脱力感が一気に襲ってきた。 「フフ、ごめんなさい。つい」  謝りながらも、未だに呼吸が収まりきっていない。僅かに目尻に浮かんだ涙を拭っていた。  流石に笑いすぎではないかと非難したくなったが、この場合、嵌められた方が油断していたのも悪いだろう。  だからだろうか。からかわれたこと自体に腹が立つことはなかった。  落ち着いて考えれば当たり前なのだ。  今日この市場に来たのも偶然なら、彼女と出会ったのも偶然だ。それだけのこと。 「・・・・・・?」  ただ、少しだけ胸のあたりに針が刺さったような痛みがあった。  胃痛かとも思ったが、それともまた違う気がした。  引っかかった小骨のように気持ちが悪く、ライカはカップに残ったお茶を飲み干した。  空になったコップを弄んでいると、実はね、と唐突に話が切りだされた。  いつの間にか、ホイップは“プライド”の顔に戻っていた。 「昨日公務で呼ばれたんです。それで、そのまま帰るのもつまらなかったので少々見学に」  息抜きがしたかった。  言外に伝わってきた言葉。  それは一国を背負う“王女”の本音だった。 「今日は迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」  微かな微笑みはとても弱々しかった。  いつも気丈な彼女からは、とても想像のつかない姿。  ライカはすぐに、自分の思い違いだった事に気付く。  “王女”だから強いのではない。“王女”だから、全てを背負えるわけじゃない。  それは自分が嫌と言うほど軍で体感したことではなかったか。  肩書きの重さを完璧に支えるには、どうしても足りないものがあるのだと。  辛い時に「辛い」と言うことがどれほど困難なことか、知っていたはずなのに。  だから、今から言うことは当然のこと。 「謝る必要はないです」 「え?」 「迷惑だなんて、思いませんでしたから」  正直、顔を見て言うには照れくさくて。夕日に染められた流れる雲を見上げながら言った。  プライドは一瞬だけ目を見開くと、「ありがとう」とふんわりと微笑んだ。  二人の頬が赤かったのは、きっと夕日に照らされていたからだと思っておくことにした。 「そのうち熱斗達に会いに行きません?」  話しが再開したときには山あいに沈んでいく太陽が中程まで姿を消していた。  “熱斗”という懐かしい響きに、二ホンで出会った友人達の顔がよぎった。  多くの辛苦を共にした仲間達。  最後に会ったのはいつのことだったか。 「またお忍びですか?」 「そうね。急に行って驚かすって言うのも面白そう」  ライカが悪戯を提案する子供のように訊ねると、プライドも同じように答えた。  二人は顔を見合わせクスリ、と笑いあった。 「では、ここだけの秘密と言う事で」  約束ですよ、とプライドは右の小指を立てて差し出した。  その仕草が可愛くて。自然に頬が笑みの形を作るのを自覚しつつ、小指を絡ませた。 「またよろしくお願いします、ライカ」 「俺で良ければ・・・、お供します」  太陽の最後の一筋が、名残惜しそうに輝いて消えていった。
姫強し。 ライカ君、始終押されっぱなし(爆) ほのぼの甘め風味でお届けデス。 指切りは、熱斗あたりから教えてもらったと言うことで(書いとけよ) そういえば、コレ、初のノーマルにあたるのか? チャリテスとかも好きですが。 因みに、アニメのどのあたりかはご想像にお任せします(え) しかし・・・また修正いれるかもな、コレ。 ともかくこれで日常お題、コンプです。 いやっほい♪