04.ネットバトル
  「ご苦労様、スイウ。僕はこのあと体術の実試験だから、君はいつも通り好きにして良いよ。 大体一時間見積もってくれたらいいから」      多発するネット犯罪に対抗すべく、ネット警察が生んだネットセイバー制度。  その資格を得るために、僕らは一部で地獄と囁かれるアキンドシティでの合宿に参加した。  まぁ、流石に五十人に一人受かるか受からないかって難関を余裕で突破とはいかず、危ないときも幾度かあった。 けどそれを何とか乗り越えて、やっと迎えた今日こそが十日間のカリキュラム最終日。  この後の実試験とその他諸々のペーパー試験と面接、手続きを終えれば晴れて資格を与えられるって寸法だ。     『そうか』    先ほどからPETから返ってくる反応はどこか弱い。   『悠、まだ何かあるのか?』 「いや、何かって言うか・・・。最近機嫌悪い?」 『・・・機嫌?』   (気付いてなかったのか)    軽く眉を顰めたのを僕は見取った。  こんなこと、今更驚くことでもない。 カスタムを繰り返すたび日に日に複雑になっていく彼女のプログラムは、 今ではオペレータの僕ですらよく分かっていない部分が存在する。  こんな異常は知らせてやらないと、どこかしら掛かる負荷でショートしかねない。   「さっきまでのバトルもなんか投げやりっぽかったし、ピリピリしてるよ」 『気のせいだろう』 「でもさ、」 『少なくとも今お前が気にすることではない。さっさと行け』    言うだけ言うと、これ以上は無駄だと押し黙ってしまった。   「ま、いいけど」    教えてやればそれで問題は解決するし、僕自身確かに時間をそろそろ気にしないとまずくなっていた。   『負けるなよ』 「君もね」    彼女らしい応援に緊張が緩んでいくのを感じながら、ネットへ潜っていくのを見送った。                 (気付かれていたか)    どうやらあのオペレータを誤魔化すには無理があったらしい。  ネットシティを当てもなく動き回りながら、数分前のやりとりを反復する。  些細な不安定さに気付いた悠。 後ろめたい訳ではないが、此処に来てから私がしていることを邪魔されても困る。故に隠していた、それだけだ。  どのみち今日が最後の機会。感づかれたのは失態だが、たいした問題ではない。 そして、終わったことにこれ以上執着する必要もない。    思考を切り替え視線を周囲へ。   「どこにいる、遁走曲」    呼ぶ。  名前を。  やっと判明した一つの名。     『アンタより、もっと強いヤツをオレは知ってる』    あの一言こそ私は待っていたのだろう。  私よりも強いナビがいる。   『このエリアは、やっこさんの“島”だ。運が良ければ会えると思うぜ』    ここまできて、運などという不確かなモノを私は当てにしない。      だから、おびき寄せる事にした。      あれから三日間、ネットの端にたむろう雑魚と目に付いた奴から交戦を繰り返した。  選りすぐりなどせずに。  ゆえに成果は上々。すぐに“狂想曲”としての私の名は浸透しきった。  これでこの“島”の主たる奴に、私の情報は届いたはず。  準備はとっくに整っているんだ。  早くココに来い。  侵略者たる私の前に現れろ。遁走曲。           「―――」    三十分ほど動き回ったとき、視界の隅で気になる動きをしたナビがいた。  何かを捜すかのように、データの隙間に出来た路地へ向かったナビ。   「いた」    それを直感と呼ぶのだろうか。  一瞬で十分だった。  アレは間違いなく強い。  そして、アレは私を呼んでいる。   「随分待たせてくれたものだ」    不満を口にしても、意識はすでに高揚している。  会えたのだ。私にはこの事実だけしが要らない。    奥の手を確認し、薙刀を手中に展開する。    半刹那後、私は前に転がっていた一体のウイルスを掴み、聞こえもしない呼び声に惹かれ駆けだした。            裏路地には、一欠片の光もない。  その空間で、投げつけたサーキラーをたやすくデリートした彼女だけが、はっきりと浮かび上がっていた。   「…つまらないわね」    電子の合成音とは思えないほどなめらかな声。  路地の奥で屈む彼女は鞭を危なげなく回収する。  元々ナビは人に作られた情報体。ゆえに整った姿形をとるのは当然のこと。 が、それを考慮に入れたとしてもこれから戦う相手は美しかった。  細かな肌は、雑なプロクラムでは決して作れないものであり、また身体に無駄な所は存在しない。  女であるとは多少意外ではあったが、それを言うなら自分も規定外だ。 今自分が重視すべきは、気配のみでウイルスをデリートした事実だけ。    手を打ったのは賛辞であり感謝であり、自分を落ち着かせるためだった。   「見事なものだな」 「…どーも。見ない顔ね?」 「あぁ。私も君の事は見うけた事がない」    一歩近づく。  同時に変化した彼女の気配は、刃のようであり、一種の結界を思わせる。  怖じ気づいて背でも見せれば、それこそ終わりだと肌で分かる。  そして私はさらに一歩進む。   「…会いたかったわ、カプリチオ」 「私もだ。君がこのエリアで一番強いと聞いたからな」    だからお前を私は呼んだ。  確認は要らない。  早く戦ろう。   「フフ…訂正があるわね」    はやるこちらの動きを制するように彼女は微笑み、装備をとく。  動きを阻害しないスーツから、チューブトップワンピースへと。   「…なんのつもりだ」 「ハンデよ、ハンデ。訂正って言うのはねぇ…」    何かを転送した彼女は酷く柔らかく、意地悪く、こんな表情があったのかと。見たこともないカタチで笑った。   「このエリアじゃなくて、ニホン・ひいてはシャーロでも…アタシが一番強いわよ」    言い切られた。  お前など相手ではない、と。   (面白い)    そう素直に思う。  すでに目の前の敵が強いのははっきりした。  確実に、私よりも。  だが、   (ハンデを付けられるほど、弱くもない)    そんなもの無理矢理でも引き剥がさせるだけだ。  私は凡てを薙ぎ払う。   「アタシの力…試してみる?」      軽く打ち付けられた鞭の音を合図に、私は間合いを詰めた。                 →NEXT