04.ネットバトル
   もう何度、この刃は空を切っただろうか。   「あはは、いいわね!アナタ最高だわ!」    あくまでもその余裕を保ちながら、遁走曲は跳んだ。    床に振り下ろしたこの太刀筋はかわされる。  承知の上での攻撃だ。これは次への布石。    そして、抜く反動をそのまま着地した彼女へと叩き込む。    が、   (また、)    かわされた。  ほとんどロスのなかったこの薙ぎさえ。   「わお、危ない危ない」    上体を反らし、そのままバク転で距離をとられる。  間合いの外で再び立つ彼女は、この攻防を遊技と見なしているようだった。  ある者が見たのなら、新しいオモチャを見つけた子供を連想するであろうその空気。   「…ふむ」   (何故だ?)    自問する。  今の動きといい、通常なら確実に避けられない攻撃をかわされた。  まるで、   (私の動きが、読まれている?)    まだ確証にまでは至らない。  だが、そうとしか答えが見つからない。  不可解極まりないことではあるが。   (試す、か)    カチャリ、と刃先が音を立てる。  そして同じタイミングで、不自然さの欠片もない動きで、薙ごうとした空間の延長線上を避けられる。  それだけで十分だった。   「無表情無言タイプには慣れてんのよ」    謎賭けじみた一言。  嘲笑われているのか、遊ばれているのか。  どちらにせよ、やはり彼女は私の動きが分かっている。   「…強いな」    それも予想以上に。  こちらは一撃も加えられないでいるというのに、自身のHPはそのほとんどが削られた。    何が薙ぎ払うだ。  何がハンデなどいらないだ。  何が弱くないだ。    私はまだ甘かった。過信していたのは私の方だった。   「当たり前よ。でなけりゃ女で島一つ、扱う事なんか出来やしないわ」    呟いた一言にすら、彼女は悠然と返事を返してきた。  いまさら何を、と。  その絶対的な自信と余裕。そして実力。  何もかもにおいて劣っている現実のもと、せめてと口を開く。   「そうではない。全て、ギリギリでかわしているだろう。私の攻撃を」 「…フフ」    その笑いは肯定か否定か。  構えもせずに言葉は続く。   「アナタ、凄いわね。旧型でしょ?」 「それが戦う事に関係あるのか?」 「いいえ、全く」    旧型。  それは偽りようのない事実であり、そして、私が強さの前にねじ伏せてきた真実。  今更なぜそんな当たり前のことを言うのか。  しかも追求し、また関係ないという。   (何が言いたい?)    解らない。彼女の言葉の理由が。  次いで理解しようとし、思考プログラムの容量を持っていかれていることにふと気付く。   (不愉快、だな)    どうにもやりにくい。  こんな、戦闘中に訳の分からない事を言う彼女。  いや、寧ろ戦いを始めてからというもの彼女は声を上げ笑い誰にともなく話していた。  こちらは全てを注ぎ込み臨んでいるというのに。    不快さを込め目元を顰めて見つめると、ふ、とウインクで受け流された。   「強い相手には敬意を表す。当たり前よね?」 「…あぁ」    こんどは何だ?    様子を探るこちらを気にもとめずに、彼女は言葉を紡ぐ。   「アナタは強い。 久しぶりに…旧型でありながら、“最強”の称号を持ち得る者に、出会えた。 さっきのは…ハンデをつけたんじゃなくてよ。 実力で勝たなければ、島の頭として、面目が立たないでしょ?」    嬉しそうに胸に手を置き、彼女は姿を再び変える。  あくまでも優雅に、高速でデータが書き換えられていく。  一秒とたたないうちに事は済み、黒のナビが立っていた。    それは同時に、最強の者の出現を意味することで、    鞭が空間を裂き、紫の目は、見つけた狩るべき獲物に歓喜の光を映していた。   「…」    ぞくり、と身体に奔った猛る感覚。  同時に生じた、奥底からの得体の知れない感情。  ふつふつと浮かぶ何かは次第に強くなっていく。   「そろそろ、時間が危ないんじゃない? オペレーターの子には、何も言ってないんでしょ?」    依然変わらない口調でありながら、表情は真剣なそれへと塗り替えられている。   「次で決める、という事か」 「ん…ま、そゆ事」    そしてここに来て初めて、彼女は身をかがめ構えらしい構えをとった。   「…」 「…」    先のやり取りを思い出す。   『強い相手には敬意を表す。当たり前よね?』    あぁそうだ。    ――何かは形を整えていく。    その言葉に間違いなどどこにもありはしない。  そして彼女は、ハンデと称した姿を本来のものへと戻した。    ――靄のようであったそれは、    ならば私も、最高の敬意と手段でもって相手をしよう。    ――勝ちたいという唯一の欲求だった。    構え触れる手中の得物。  その感覚を確かめて、私は奥の手を起動させた。    瞬間、   「な…!?」    三本のブーメランが黒のスーツを襲い、追って薙刀をコンマ一秒の遅れもなく振り下ろす。    ――ヘルブーメラン3スタイル。    これが奥の手。少ない容量をどうにか整え、常備させたチップデータ。 最後の手段として持っている避ける方法などないコンビネーション。    これで、デリートできない者などいない。    はずだった。   「…残念でした。油断したわね?」    裂いたはずの相手は、薙刀の柄の上に乗り、私の瞳を見つめナイフを首に突きつけていた。    そして私は理解する。  ヘルブーメランの直撃した場所に転がる、紫色のカワリミ。   「私の負けだな」 「…アラ、いやにサッパリ?」 「足掻こうが何をしようが、君がここで咽喉を薙げば私は負けだ。 それ以上も以下もなかろう」    得た物は多く、無くすのは惜しいとは思うものの、挽回の手だてはもはや絶えた。  数瞬後にはデリートされるであろう結果を私は受け入れる。    が、あろう事か殺気と共に手元の重みは消えた。   (な、に?)    停止しかける私をよそに、離れながら武器を消し姿をワンピースへと戻した彼女は花のように微笑みこういった。   「…アンタ、気に入ったわ」    情けをかけられたことに、不思議と反感は浮かばなかった。               →NEXT